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千葉地方裁判所 昭和55年(行ウ)14号 判決

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

田村徹

右同

大槻厚志

被告

千葉県公安委員会

右代表者委員長

有村康男

右訴訟代理人弁護士

石川泰三

右同

岡田暢雄

右同

吉岡桂輔

右同

成田康彦

右訴訟復代理人弁護士

秋葉信幸

右指定代理人

久保木正

右同

大久保正義

右同

鈴木睦夫

右同

高橋昌規

主文

一  被告が原告に対して昭和五四年一二月五日付でした自動二輪車免許及び大型自動車第二種免許についての運転免許取消処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の主旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告から自動二輪車運転免許(以下「二輪免許」という)及び大型自動車第二種運転免許(以下「大型二種免許」という)を受けていたが、被告は、昭和五四年一二月五日、原告に対し、右各運転免許を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という)をし、その旨原告に通知した。その理由は、原告が昭和五四年一〇月一五日に酒酔い運転をしたというものである。

2  しかし本件処分は、第一に処分の基礎となつた事実を誤認しており、第二に処分に至る聴聞手続が公正になされなかつた違法があるので、取り消されるべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件処分の根拠

原告は、酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で、昭和五四年一〇月一五日午前二時五〇分頃、県道大網線を、国鉄外房線誉田駅(以下「誉田駅」という)から同線土気駅(以下「土気駅」という)の方向へ、千葉市高津戸町九五番地に至るまで、普通貨物自動車(練馬××そ○○○○号・以下「原告車」という)を運転した(以下「本件運転」という)。

そこで被告は、道路交通法(以下単に「法」という)六五条一項、一一七条の二、一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項一号イ、同施行令別表第一の一、同別表第二の第四欄により本件処分をした。

2  酒酔い運転の具体的事実

(一) 原告車の走行状態

原告は、前記日時・場所において原告車を運転した際、茂原警察署所属の巡査部長積田美広(以下「積田巡査部長」という)と巡査伊藤裕二(旧姓松本・以下「伊藤巡査」という)が乗つたパトロールカー(以下単に「パトカー」という)に、前照灯を上向きにしたまま蛇行しながら接近し、一旦原告車をやり過したパトカーがその後方から追尾観察しているにもかかわらず、時速五〇キロメートルの速度で数百メートルの距離を走行する間に数回センターラインを越える蛇行を繰り返すなどの危険な動作をした。積田巡査部長らは、原告車の走行状態から見て、運転手に居眠りかあるいは酒酔いの疑いがあり、そのまま走行を継続させた場合には事故を起こす危険性が認められたので、直ちにパトカーの赤色灯を点灯しサイレンを鳴らして原告車に停止を命じ、原告車は千葉市高津戸町九五番地先路上に停止した。

(二) 原告の歩行能力・直立能力

原告は、運転席から道路上に降りたが、積田巡査部長らとことさらに距離を置こうとするかのように道路中央付近で立ち止まり、ふらふらしており、なかなかパトカーに向かつて歩き出そうとしなかつた。原告は、県道を他の自動車が走つてくるのにも気付かない状態で、積田巡査部長に注意されてようやく約七メートルの距離をふらつきながら歩いてパトカーの後部座席に乗車した。

積田巡査部長は、原告の右のような動作を観察し、原告の歩行能力は約一〇メートルの歩行につきふらつく程度の異常歩行であり、直立能力は約一〇秒間の直立状態につき約六秒間でふらつくと判断した。積田巡査部長らが、直立能力・歩行能力の検査に際し、原告に検査する旨の告知をしなかつたとしても、右のような自然な動作の観察によつても認定は十分可能であるから、右告知が検査にあたつて絶対的条件となるわけではない。

(三) 言語態度状況等

原告は、右酒酔い運転検挙時において、言語がくどく、約三〇センチメートルに離れた距離から酒臭が強く感じられ、顔色は赤く、目の状態は充血していた。

(四) 呼気検査

原告に対してパトカー内で北川式飲酒検知器により呼気検査を行つた結果は、アルコールの量が呼気一リットル中〇・四ミリグラムであつた。

右呼気検査にあたつては、積田巡査部長らは原告にうがいをさせなかつたが、原告主張の事実によれば、この時点で飲酒終了後七時間以上経過しており、その間にお茶を飲みラーメンを食べたというのであるから、口中アルコールの残存は全く問題にならず、右呼気検査結果が実際より高い数値を示しているとはいえない。

かえつて、北川式飲酒検知管の目盛は、ガスクロマトグラフィー値による本来の値から概ね二〇パーセント低い値を示すように製作され、かつその測定値の読み取りにあたつては、境界が不明な場合、直近の低い濃度を読み取るものとされているので、原告の実際のアルコール濃度は右検知管の数値より呼気一リットル中〇・五ミリグラムとなる筈である。

3  鑑識カード及び告知票の作成

伊藤巡査は、パトカー車内において、積田巡査部長の確認を取りながら、初めに鑑識カード(甲第二号証の二)の化学判定欄(呼気検査)及び見分状況欄(言語態度・歩行能力・直立能力等)に前記のとおりの結果を記入した上、これらの事実を総合した結果の認定として、外観による判定欄の「酒に酔い正常な運転ができない状態」と認定した旨の欄に丸印を付けた。

伊藤巡査は、鑑識カードの結果から当然に、告知票(甲第一号証の一)の違反事項には酒酔い運転のところに丸を付けるべきであつたのに、誤つて酒気帯び運転のところに丸印を付けてしまつたので、積田巡査部長に注意されて酒酔い運転に訂正したものである。

4  木村康千葉大学教授の鑑定書に対する評価

(一) 木村康千葉大学教授(以下「木村教授」という)の昭和五八年六月二二日付鑑定書(甲第一三号証・以下「木村鑑定書(一)」という)の実験の際と本件酒酔い運転の検挙時とでは、消化の消化管に残存する食品の分量、睡眠時間、助車席に乗つての約一時間半の走行及び約二五分間の運転の有無、心理的状態健康状態の違いなど重要な点で相違があるので、木村鑑定書(一)の結果と鑑識カードの記載とは互いに矛盾することなく両立しうるものである。

(二) 木村教授の昭和六一年二月三日付鑑定書(二)(甲第一四号証・以下「木村鑑定書(二)」という)の結果は前提条件の設定・実験方法等に問題があるので、この実験結果を普遍化して本件の酒酔い運転検挙時にあてはめることは不可能である。

5  聴聞手続の適法性

(一) 本件処分に際しての聴聞手続は、昭和五四年一二月五日、被告千葉県公安委員会の会議室で実施された。当日は午後一時に被聴聞者四八名が出頭し、約五分間ないし一〇分間の説明の後、三班に分けられ、原告は、一六名の被聴聞者のグループに入り、鈴木昭二調査官及び麻生補佐(以下「鈴木調査官ら」という)がこれを担当した。鈴木調査官らは、原告も含め、一六名の被聴聞者に対する聴聞を実施したが、鈴木調査官らは、事前に記録を検討して聴聞に臨んでおり、右一六名についての聴聞手続はすべて酒酔い運転の事案であり全員が違反事実を認めていたため、一人あたりの聴聞時間も約五分位と短時間で終わつたものである。

原告の場合もすべて違反事実を認め、既に酒酔い運転としての罰金も納付済みであることが本人の口から確認され、他に弁解の有無を尋ねられたのに対し「ない」と答えているのであるから、聴聞に要した時間が短いことが何ら手続の違法を生ぜしめるものではない。

(二) 原告は、酒に酔つて原告車の運転をした旨の違反事実の朗読を受けて、右違反事実をすべて認めた。そして原告は、聴聞手続において弁明があれば述べるようにとの注意を事前に受けていながらただ免許の取消しを免れたい旨頼んだに過ぎないのであるから、原告は、弁明の機会を十分与えられていたものである。

(三) 原告の場合には告知票の記載が「酒気帯び運転」から「酒酔い運転」に訂正されているが、右訂正は適式になされており、原告本人が聴聞手続において酒酔い運転の事実を認め、しかもこれが酒酔い鑑識カードの記載と何ら齟齬を生じていないのであるから、調査官がこのことを原告に尋ねなかつたとしても、聴聞手続の適法性にいささかの影響も及ぼすものではない。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張1の事実のうち、アルコールの影響により正常な運転ができない状態であつたこと及び原告車の停止位置については否認し、その余は認める。

原告は、原告車を千葉市大高町二八番地一先路上付近までしか運転していない。

2  同2(一)の事実のうち、原告車がパトカーに停止させられるまで前照灯を上向きにしていたことは認め、その余は否認する。

原告が、被告主張の日時ころ、原告車を運転して千葉市大高町熊野神社前の土気警察官幹部派出所(以下「土気派出所」という)の手前(誉田駅寄り)五〇メートルないし八〇メートルの地点に差し掛つたところ、土気派出所に停止していたパトカーが、一旦バックして方向を立て直した後、原告車の前方を同じ方向に走行し始めた。当時原告は、時速五〇キロメートル程度の速度で車を走行させていたが、右パトカーの出現で時速を四〇キロメートル程度に減速させたうえ、右パトカーとの車間距離を一五メートル程取つて後方より走行した。こうして千葉市大高町二八番地先路上に差し掛かつたとき、前方を走行中のパトカーが急に道路左端に停止したので、原告は、パトカーを追い越そうとしたところ、パトカーが突然サイレンを鳴らしたため、原告車を右パトカーの前方一〇メートル位のところである同町二八番地一のドライブイン「隣」先路上に停止させた。

3  同2(二)の事実は否認する。

運転席から降りた原告に対し、積田巡査部長は、原告車の荷台の幌を開けて中を見せるよう求めたので、原告は、そのとおりにして見せた。このとき原告は、積田巡査部長から酒を飲んでいるのではないかと指摘されたので、原告は、飲酒の事実を素直に認め、積田巡査部長の指示に従つて同人の後についてパトカーまで歩き、パトカーの後部座席に乗車した。

酒酔い運転か否かの判断の際に行われる歩行能力・直立能力の測定は、アルコールが本人の意思にかかわらずその者の動作に出現しているか否かを判断するためになされるものなので、右測定目的からして、本人に対し歩行や直立を指示してなされなければならないものである。このことは鑑識カードの見分状況欄にも「約一〇メートルを歩行させたところ」「約一〇秒間直立させたところ」と印刷されていることから明らかである。しかしながら積田巡査部長らは、原告に対し、歩行能力や直立能力の検査を行う旨告知していないので、積田巡査部長が原告の歩行能力や直立能力についてなした判断は、同人の主観的な判断が記載されているものと言わざるを得ず、その正確性には重大な疑問がある。

4  同2(三)の事実は否認する。

5  同2(四)の事実のうち、呼気検査にあたつて原告にうがいをさせなかつたこと及び呼気検査の結果が呼気一リットル中のアルコール量〇・四ミリグラムであつたことは認めるが、その余は否認する。

積田巡査部長らは、原告にうがいをさせなかつたので、右検査結果は、アルコールの口中の残留により、当時の原告の体内アルコール濃度以上の濃度を示している可能性がある。

原告の飲酒状況は、本件運転の前日である昭和五四年一〇月一四日午後三時三〇分頃から同七時三〇分頃までの約四時間の間にピーナツ等のつまみ少量と寿司を二個食べながら日本酒を四合程飲んだというものである。

6  同3の事実は否認する。

伊藤巡査は、検知管で呼気一リットル中のアルコールの量が〇・四ミルグラムであることを確認したうえ、パトカーの後部座席から見ていた原告の目の前で、告知票の違反事項の酒気帯び運転のところに丸印を付したが、それを見た積田巡査部長が「なんだ、それ酒酔いにしちやえ」と発言し、その結果酒気帯び運転に付けられた丸印が消され、酒酔い運転の項に丸印を付けられてしまつた。

7  同4については争う。

木村鑑定書(一)の実験は、本件検挙当時の原告の飲酒状況、時間経過、つまみ等の摂取状況、睡眠状況等を可能な限り再現して実験したものである。右実験の結果は、本件検挙時と同じ午前二時五〇分の時点で、血液一ミリリットル中のアルコールの量は、〇・八一ミリグラムで、呼気一リットル中のアルコールの量は〇・一五ミリグラムであり、このときの原告の身体状況は、言語態度普通、一〇メートルの歩行正常、一〇秒間の直立正常、顔面から三〇センチメートルの距離でかすかな酒臭、顔色普通、目も普通であつた。

右実験結果に照らしても、被告の主張2(二)、(三)の事実は有り得ず、鑑識カードの記載は、積田巡査部長らが原告に対する悪感情から恣意的に記載したものである。

8  同5(一)の事実のうち、被告主張の日に原告に対して聴聞手続が行われたことは認めるが、聴聞開始時間及び一人あたりの聴聞時間は否認し、その余は争う。

原告は、当日午後一時頃被告公安委員会に出頭したが、聴聞が開始された時間は午後二時頃である。原告は、一〇数名の被聴聞者のグループに入れられたが、原告の前に聴聞を受けた被聴聞者らは皆三、四分で聴聞を終わり、原告に対する聴聞もわずか三、四分で終わつた。

9  同5(二)は争う。

原告は、調査官らから違反事実を読み聞かされ事実に間違いないかどうかを尋ねられたので、酒酔い運転で刑事手続を受けたとの趣旨で聴聞事実に間違いない旨答えた。そして担当者からなぜ酒酔い運転したかについて問われたので、原告が事実をかいつまんで説明し、その後、一旦酒気帯び運転と認定されながら警察官の恣意で酒酔い運転にされた事実を詳細に述べようとしたところ、調査官らから「はい分かりました。ここでは結論を出せないので皆さんが終わつてから公安委員会で会議をした結果を皆さんに発表します。」と言われ、それで聴聞を打ち切られてしまつた。

法一〇四条の規定する聴聞手続は、憲法三一条の定める適正手続の保障を受けて、行政不利益処分を受ける者の人権を最大限に保障する趣旨の下に規定されたものである。従つて本件の告知票の記載が「酒気帯び運転」から「酒酔い運転」と訂正されている客観的資料が存在する以上、調査官としては、少くとも被聴聞者である原告に対してその理由を問い正す等のことをするべきである。しかるに本件聴聞手続においてはそのようなことは一切なく、また弁明することはありませんか等の質問もまつたくなされなかつたのであるから、このような聴聞は、法の要求する聴聞としての実質を欠くものであり、これを前提としてなされた本件処分も違法である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二原告が警察官に検挙されるまでの事実経過

〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五四年一〇月一四日、従姉にあたる乙山花子(以下「花子」という)の自宅(東京都中野区○○所在・以下「乙山宅」という)へ、原告の甥(原告の姉、甲野良子の長男)の甲野元(以下「元」という)のことで相談に出かけた。右相談の内容は、元が〈中略〉異常な行動を取るので、その対策をどのようにするかというものであつた。

2  原告は、同日午後三時頃乙山宅を訪れ、お茶を三杯位飲み、その後同三時三〇分頃から、ピーナツの混じつた柿の種とか白菜の漬け物をつまみに日本酒(黄桜、二級酒)を冷のままコップにそそいで少量ずつ飲み始めた。同四時頃には花子が寿司を取つてくれたので、原告は、まぐろとのり巻を一個ずつ合計二個食べた。同五時四〇分か五〇分頃には花子の夫乙山次郎(以下「次郎」という)が帰宅し、次郎がウイスキーの水割りをコップ一杯程度飲む間に原告も日本酒を冷で少量ずつ飲み、原告は、同七時二〇分頃には飲酒を終了した。結局原告は、同日午後三時三〇分ころから同七時三〇分頃までの間に日本酒を冷のまま、目分量で四合位飲んだことになる。その後原告は、お茶を三杯位飲みながら雑談をし、その日は乙山宅に泊まる予定で同一時頃布団に入つた。ところが同一一時過ぎに原告の妻から、元が夜中に原告宅に押し掛けてきて暴れるようだと困るので帰宅して欲しい旨の電話があつたため、原告は、次郎や花子と相談のうえ、同月一五日午前〇時三〇分頃、右両名と一緒に、次郎の運転で同人所有の原告車に乗つて乙山宅を出発した。原告らは、首都高速道路、京葉道路を経由し、千葉市内に入つた後県道大網線を走行し、同日午前二時頃、同市仁戸名町の川崎製鉄株式会社仁戸名社宅先路上に原告車を停止させ、屋台のラーメン屋でラーメンを食べ、ここから原告が次郎に替わつて運転することになり、同二時三〇分頃同市土気町に向つて出発した。

3  原告が次郎から原告車の運転を替わつて二〇分程度走行した同二時五〇分頃、原告は、土気派出所の手前約三五〇メートルの地点で、右派出所に停止しているパトカーを発見した。その後原告車が右派出所の手前五〇メートルないし八〇メートル位のところまで進行したとき、右パトカーは一旦バックして方向を直したうえ原告車の前方を原告車と同方向に走行し始めた。パトカーが走行を開始するまで原告は、時速五〇キロメートルの速度で車を走行させていたところ、右パトカーが出現したので速度を時速四〇キロメートル程度に減速したが、右パトカーは時速三〇キロメートル程度で走行していたので、パトカーとの距離が徐々に縮まり、車間距離が一五メートル位となつた。その状態で千葉市大高町二八番地先路上に差し掛つたとき、パトカーが道路左端に停止したため、原告は、右パトカーを追い越そうとしたところ、パトカーにサイレンを鳴らされ、原告車をパトカーの前方約一〇メートル位のところである同町二八番地一ドライブイン「隣」先路上に停車させた。原告は、パトカーが原告車の前方を走行し始めたにもかかわらず、それまで上向きにしていたヘッドライトを下向きに切替えするのを忘れ、パトカーに停止を命じられるまで上向きのままにしていた。

4  原告が車を停止させると、パトカーから積田巡査部長と伊藤巡査が降り、そのうちの積田巡査部長の方が原告車の運転席の方に来て、運転席の右側の窓を開けた原告に対し、「酔つ払つているのか、ライトを上眼にして」、「後ろの荷台を調べさせてもらいたい」と述べた。原告は、車から降り原告車の荷台の幌を開けて積田巡査部長に見せたが、この時同人から飲酒の事実を指摘されてこれを認め、同人の指示に従つて同人の後についてパトカーまで歩き、パトカーの後部座席に乗車した。

以上の認定に対し、積田巡査部長らは、パトカーを一端停止させて原告車をやり過し、その後方から数百メートルにわたつて原告車を追尾観察したところ、原告車が数回センターラインを超える蛇行を繰り返したので、同町高津戸町九五番地先路上で停止させた旨の〈証拠〉があるが、積田巡査部長が原告を検挙した直後に自ら書いた捜査報告書(甲第二号証の三)には、千葉市大高町九五番地付近にさしかかつた際、原告車がパトカーの後方から追従してきたのでその動静を注視したところ蛇行するような状態であつたので停車させた旨の記載があるのみで、原告車をやり過して後方から原告車を追尾観察したとの記載はない。この点につき証人積田美広は、証人尋問において、原告車を停止させた場所は同市高津戸町九五番地若菜政光方先路上であり右捜査報告書は検問から茂原警察署に帰つてから書いたので、ほつとした安心感からと、交通切符については否認事件でない限り詳しい捜査報告書を書かないのが一般であるという理由で記載を抜かしてしまつたものであり、同市高津戸町と書くべきところ大高町と記載したと供述しているが、車両が蛇行しているかを観察するには後方から観察した方がより正確であるから、たとえ簡略に記載すると言つても、より重要な原告車をやり過した後のことをまつたく記載していないのは不自然であり、むしろやり過した事実はなかつたものと解する方が自然である。従つて原告車を停車させた場所についても原告の供述する同市大高町二八番地一先路上を採用することとし、以上に反する〈証拠〉は信用できない。

三酒酔い状態の判断

1  呼気検査の結果

北川式飲酒検知器による呼気検査の際、伊藤巡査が原告にうがいをさせなかつたこと及び呼気検査の結果が呼気一リットル中のアルコール量は〇・四ミリグラムであつたことについては当事者間に争いがない。

原告は、うがいをしなかつたので右呼気検査の結果は実際よりも濃い濃度が検知されている可能性が高い旨主張し、その根拠として飲酒から二〇分以上経過しても、うがいをした場合としない場合で呼気検査の結果に違いが出るとの証人木村康の証言を挙げているが、この証言に対しては、飲酒後三〇分以上経過していれば、うがいの有無は呼気中のアルコール濃度にほとんど影響がないとする〈証拠〉の警察庁技官及川智正の反対意見がある。しかしながら、いずれの見解を採用するにしても、本件のように飲酒終了後七時間以上経過し、その間にお茶を飲み、ラーメンを食べている場合には、うがいの有無が呼気検査の結果に及ぼす影響はほとんど無視し得るものと考えられ、呼気中のアルコール濃度が一リットル中〇・四ミリグラムより実際には低かつたとする原告の主張は認められない。

また、〈証拠〉には、北川式飲酒検知管は、ガスクロマトグラフィー値による本来の値から概ね二〇パーセント低い値を示すように作成された濃度表により、アルコール濃度を読み取るように製作されている旨の記載があるが、これはかかる検査機器の精度につき許容される誤差の範囲を考慮したものであると解され、さらに、本件の検知管がはたしてガスクロマトグラフィー値より低い値を示していたかも明らかではないのであるから、右記載から直ちに原告の呼気中のアルコール濃度が実際には一リットル中約〇・五ミリグラムであつたとする被告の主張は認められない。

そこで原告の呼気中のアルコール濃度は、一リットル中〇・四ミリグラムであつたものと認められるが、この程度の微酔状態においては、右呼気検査の結果のみでは未だ原告がアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがあると推断することはできず、さらに原告の具体的な挙措動作等の外部的徴表について検討する必要がある。

2  運転状況

被告は、原告車がセンターラインを超える蛇行運転を繰り返したと主張するが、前記のとおり、パトカーが原告車をやり過して後方から追尾観察した事実は認められないので、積田巡査部長らが原告の走行状態を観察したのは前方からのみということになる。そして〈証拠〉は、原告車の前照灯の光がパトカーのバックミラーに反射したり反射しなくなるということが何回かあつたので蛇行運転の疑いを持つた旨の証言をしているが、およそバックミラーに写る後続車の前照灯の光の移動の観察のみによつてはその走行状態を十分把握できるものではなく、さらに、〈証拠〉は、原告車の前照灯の光がバックミラーからはずれたりしたとは感じなかつたと証言し、〈証拠〉は、原告がハンドルをふらつかせるような運転をしていたことはなかつたと証言していることを対比すれば、証人積田美広の右証言は信用できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

原告はパトカーによつて停止させられるまで前照灯を上向きにしたままにしていたが、〈証拠〉によれば、原告は、次郎と原告車の運転を交替してから、対向車が来るたびに前照灯を下向きに切り替えるなどしていたものの、パトカーの後に追尾するようになつたときには、うつかり切替えを忘れてしまつたことが認められ、前照灯を下向きにするのを忘れて走行することはしばしば有り得ることなので、このことから直ちに原告が、アルコールの影響によつて正常な運転ができない状態にあつたと認めることはできない。

3  歩行能力・直立能力

(一)  〈証拠〉(鑑識カード)には、「歩行能力」は「異常歩行・ふらつく」、「直立能力」は「約六秒間でふらつく」と記載されている。〈証拠〉によれば、伊藤巡査は、茂原警察署において会議等の機会に、歩行能力・直立能力の検査については、被検者に、「真直ぐに歩行しなさい」、「ここに立つていなさい」と告知して行うように教えられていることが認められ、右鑑識カードには、「約一〇メートルを歩行させたところ」「約一〇秒間直立させたところ」と印刷されていることからも、歩行能力及び直立能力の判定は、歩行や直立を指示して検査するのが正規の方法であると考えられる。しかし、〈証拠〉によれば、積田巡査部長は、原告に対し、歩行や直立を指示することなく、原告車から降りてパトカーに乗るまでの原告の動作を観察しただけで前記の内容の歩行能力・直立能力の検査結果を伊藤巡査に伝え、鑑識カードの記載をさせたことが認められるので、このように判定方法は、妥当なものであつたとはいえない。よつて、右鑑識カードの記載のみからでは、原告が約一〇メートルの歩行につきふらつき、約一〇秒間の直立状態につき約六秒間でふらついたとの被告の主張を認めるには足りない。

(二)  〈証拠〉中には、原告が歩いて行く方向に目標を定めて真後ろから見ていたところ、ふらついていたとの部分があるが、右証言は、〈証拠〉に照らし信用できず、かえつて前記のとおり原告は、積田巡査部長の後をついてパトカーまで歩いたのであつて、このように後からついてくる原告の歩行を観察しただけでは、ふらついているか否かの的確な判定はできないと考えられる。

〈証拠〉中には、伊藤巡査と原告が並んで歩いていた際、原告が伊藤巡査に寄つてきたりちよつと離れたりしたとの部分があるが、伊藤巡査自身真直ぐに歩いていたとは限らず、仮に真直ぐに歩いていたとしても、同時に歩行しながら原告の直線上の歩行能力を正確に観察することは困難である。

かえつて、〈証拠〉によれば、原告は酒に弱い方ではなく、乙山宅で飲酒中も顔色もほんのり赤くなる程度で歩き方もふらつき気味ではなく、また乙山宅を原告車で出発するときも、原告は、よろめいたりすることなく、酒の影響が残つているようには見えない普通の状態であつたことが認められ、〈証拠〉によれば、原告が次郎から運転を替つた時点で、原告には酔いの自覚や、酒が残つているという自覚はなくなつていたことが認められるので、右各事実及び後記木村鑑定書の所見からは、原告がアルコールの影響によつて、真直ぐに歩行できなかつたとは考えにくく、〈証拠〉は信用できない。

(三)  〈証拠〉中には、原告が直立していた状態を観察したところ、最初のうちは足をやや広げて立つていたが、そのうちに足を前に踏み込んだりしだしたとの部分があり、〈証拠〉にも原告が立つていたときにふらついていたとの部分があるが、前記の事実及び後記木村鑑定書の所見からは、原告がアルコールの影響により直立しているときにふらついていたとは考えにくく、〈証拠〉は信用できない。

4  酒臭・顔色・目の状態について

(一)  鑑識カードには、酒臭は約三〇センチメートル離れた位置で強いにおいがしたとの記載がある。〈証拠〉によれば、本件酒酔い検挙時に運転席から酒臭がしたことが認められるので、右鑑識カードの記載はおおむね正確なものと認められる。

しかし右に認定した原告の飲酒量、飲酒から本件運転に至るまでの時間的経過を合わせ考えれば、右の酒臭があつたことをもつて直ちに原告がアルコールの影響によつて正常な運転ができない状態であつたと認めることはできない。

(二)  また、右鑑識カードには、顔色が赤い、目の状態は充血していた旨の記載があるが、〈証拠〉によれば、積田巡査部長らは携帯用の強力ライトを使わず、パトカーのルームライトのカバーを外して少し明るくしただけで顔色や目の状態を観察していることが認められ、この程度の明るさで正確な観察ができるかは疑問である。仮に観察できたとしても、前記のとおり、原告は、乙山宅で酒を飲んでいたときに顔がほんのり赤くなつた程度で、目まで充血するということはなかつたので、飲酒を終了してから七時間以上も経過した検挙時においても、顔色が赤く目が充血していたとは考えられず、右事実及び後記木村鑑定書の所見から鑑識カードの右記載は信用できない。

5  告知票の訂正

〈証拠〉によれば、伊藤巡査は、パトカーの中で、鑑識カードのうち、質問状況欄、化学判定欄、見分状況欄の酒臭・顔色・目の状態の各項目を積田巡査部長の指示を受けずに自ら記載し、見分状況欄の歩行能力・直立能力の項目及び外観による判定欄を積田巡査部長の指示の下に記載し、その後告知票の各欄に所定事項を記入したうえ違反事項の欄の酒気帯び運転のところに丸印をつけて積田巡査部長に点検してもらつたところ、同人に酒酔い運転に変更するように指示されて、訂正印を押して酒酔い運転のところに丸印をつけたことが認められる。

〈証拠〉中には、原告は、鑑識カードを伊藤巡査が作成したのを見ていないとの供述部分があるが、原告自身鑑識カードの質問応答状況に書かれていることを応答した覚えがあると認めていること及び原告は、パトカーの後部座席にいて、伊藤巡査は運転席にいたため鑑識カードの作成が見えなかつたとも考えられることから〈証拠〉部分は、右認定を左右するものではない。

そして、伊藤巡査は、鑑識カードの外観による判定欄の酒に酔い正常な運転ができない状態のところに丸印をつけており、この記載からは、自動的に告知票においても酒酔い運転のところに丸印をつけるべきことになるので、原告主張のとおり積田巡査部長が「なんだそれ酒酔いにしちやえ」と言つたとしても、それは単に伊藤巡査の記載ミスを変更させる意味だつたとも考えられ、このことから伊藤巡査が、一旦は酒気帯び運転だと認定したと推察することはできない。

四法医学的裏付けについて

1  〈証拠〉によれば、木村鑑定書(一)の実験条件及び実験結果は別紙のとおりである。

右実験結果によれば、本件酒酔い検挙時と同じ時間である第五回検査時における原告の血液中のアルコール濃度は一ミリリットル中〇・八一ミリグラムで、呼気中のアルコール濃度は、一リットル中〇・一五ミリグラムとなつている。しかしながら〈証拠〉によれば、血液中のアルコール濃度の方は、ウイドマーク氏法で検査して九八・一パーセントの回収率であつたので信用性が高いが、呼気中の濃度の方は、検知管とポンプとの接続部がうまくいかないでガスが漏れてしまつたか、あるいは検知管そのものが変質してしまつていたかの可能性があつて信用性が低いと認められるので、原告の体内のアルコール残留度を測るには血液中の濃度の方を採用すべきであることが認められる。そして、〈証拠〉によれば、血液中のアルコール濃度と呼気中のアルコール濃度の比率は、通常二〇〇〇対一ないし二一〇〇対一であることが認められるので、右比率によれば、第五回検査時の呼気中のアルコール濃度は、一リットル中〇・三八ないし〇・四ミリグラムと検知されるべきであつたということになる。

本件酒酔い検挙時の北川式飲酒検知器による呼気検査の結果は呼気一リットル中〇・四ミリグラムであつたから、右実験の第五回検査時と本件酒酔い検挙時における体内のアルコール保有量は近似している。

2  〈証拠〉によれば、木村鑑定書(二)の実験は、数日に分けての飲酒実験を行い、実験後に原告から前日の飲酒の有無と睡眠時間を聴取して、あらかじめ設定した疲労時と疲労していない時の条件にあう日を抽出し、この二回の飲酒実験の結果を比較するというものであつたが、疲労時と疲労していない時で原告の飲酒終了一時間後の血液中のアルコール濃度は、ほとんど差がなかつたことが認められる。

3  前記認定事実によれば、木村鑑定書(一)の実験条件と本件酒酔い検挙時とでは被告主張のとおり以下の点で条件が異なると考えられる。

(一)  右実験では、原告に睡眠時間を午後一一時から翌日午前〇時二〇分まで与えており、〈証拠〉によれば、原告は現実に眠つていたことが認められるが、原告は、午後一一時頃就寝し、同一一時過ぎには妻からの電話で起こされたため、ほとんど睡眠を取つていない。

(二)  右実験では、原告は実験室内にいるのみであるが、本件酒酔い検挙時には、原告は、午後一二時三〇分頃から翌日午前二時頃まで原告車の助手席に乗つて揺さぶりを受け、同日午前二時頃から同二時五〇分頃までは自ら原告車を運転している。

(三)  〈証拠〉によれば、木村教授は、実験前に胃潰瘍の有無等につき問診をしただけで、原告の健康状態の検査はしなかつたことが認められ、一方本件酒酔い検挙時の原告の健康状態、体調は不明である。

(四)  右実験前の原告の食物の摂取量については不明であるが、〈証拠〉によれば、原告は、乙山宅を訪問した当日、午前九時三〇分に朝食を取つてから午後三時に乙山宅へ着くまで食事をしていないことが認められる。

(五)  右実験時と本件酒酔い検挙時とでは、原告の心理的条件が異なる。

4  そして、〈証拠〉によれば、このように睡眠時間、乗物の振動の有無、健康状態、食物の摂取状態、心理状態の違いにより、同一人が同一量の飲酒をしても、常に同じ血中のアルコール濃度、酩酊状態を示すものではないとされ、〈証拠〉によれば、木村鑑定書(二)の実験については、二回の飲酒実験において疲労状態に差異があつたかは明らかではなく、実験方法についても問題があるとされている。

しかしながら、本件酒酔い検挙時と飲酒量、飲酒時間等を同一条件にして血液中のアルコール濃度を測定したところ、本件酒酔い検挙時の呼気中のアルコール濃度を血液中の濃度に換算した値とかなり近い数値が検知され、さらに木村鑑定書(二)の実験において原告は、疲労時と疲労していない時で血液中のアルコール濃度がほとんど差異が出なかつたという事実を総合して考慮すれば、木村鑑定書(一)、(二)の結果がまつたくの実験室内の結果であつて、このことから本件酒酔い検挙当時のアルコールの体内保有量、外部的徴表を推認するのは無意味であるとまでは断定できない。

そして、木村鑑定書(一)によれば、飲酒実験終了時(原告の血液中のアルコール濃度が一ミリリットル中〇・八一ミリグラム)の原告の外部的所見は、歩行能力・直立能力はいずれも正常、三〇センチメートル離れた位置でかすかに酒臭、顔色・目の状態はいずれも普通であることが認められる。以上の木村鑑定書の所見は、鑑識カード及び〈証拠〉と懸け離れた所見であり、この鑑定所見は前項3、5の認定を補強するものである。

五以上のとおり、原告の本件運転の状況(前照灯上向き)、前日の飲酒量、検挙時の酒臭、呼気検査の結果等これまでに認定した事実を総合しても、本件運転時に原告が、アルコールの影響によつて正常な運転ができないおそれがある状態にあつたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、原告が昭和五四年一〇月一五日に酒酔い運転をしたことを理由に、被告が原告に対してした本件処分は違法であつて取消しを免れない。

よつて原告の請求は、その余の判断をするまでもなく正当として認容すべきものであるので、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荒井眞治 裁判官手島徹 裁判官中山幾次郎)

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